豊かな森とツキノワグマと私たち
日本では古来より人とクマは共存し生活していました。
その昔、森が豊かだった頃、クマと人とが住む環境には隔たりがあり、お互いに被害を及ぼすことはあまりありませんでした。しかしながら、自然が失われつつある今日、多くのクマが人間の手によって殺されたり、繁殖できなくなってその個体数を減らしたりしています。
なぜそのようなことが起きてしまったのでしょうか。
本号では、絶滅の危機にある四国のツキノワグマについて、WWFジャパンにお話をうかがいました。森とクマと私たち人間のかかわりについて、一緒に考えてみませんか。
環境の変化におびやかされる
クマと人々との暮らし
2004年に、ツキノワグマと人との遭遇事故が頻繁にニュースで報道されたことは、みなさんの記憶にも新しいことでしょう。
クマに噛みつかれたり、叩かれてしまったりなどの怪我だけではなく、死亡事故も起こってしまいました。
では、なぜ人里にクマが出没することが多くなってしまったのでしょうか?
ひとつは異常気象や台風などでクマにとって重要な食べ物であるドングリ類やブナの実が不作だったことが考えられます。冬眠するクマにとって、脂肪を蓄える栄養源となる食料が激減し、やむをず、食べ物を求めて人里へ下りてきてしまったのです。
ふたつめには、かつては人が薪や堆肥作りなどに利用していた、ちょうどクマと人との距離の中間にある里山が荒廃してしまい、森と人里の距離が近くなってしまったことがあげられます。近年では、この人の手が加わった半自然の二次林である里山の重要性が見直されてきています。
その他、考えられる理由はいろいろありますが、明確な因果関係は現在のところありません。
本来は臆病で人との接触をきらうはずのクマが、人里に近づき、人間との遭遇事故をおこすようになった直接の因果関係は、まだはっきりと明らかになっていません。
ただし、自然環境の変化や土地開発、生態系の変化などにより、クマが生息できる豊かな森が減少し、また人とクマのすみかの境界線がなくなったことでクマも人もその生活を脅かされる問題に直面しているといえるでしょう。
日本においても地域によって、クマに関する問題はそれぞれ異なっています。ですから、単純にクマの個体数を増やすための保護活動だけをすればいいということではないのです。
先日、ニュース番組でクマが人里へ下りてきてしまい、ゴミ箱をあさっている映像が流れていました。クマにとっても人にとっても命がけの危機であり、大変深刻な問題であることはもちろんなのですが、単純にクマを駆除するだけでは根本的な解決になりません。

生息するクマが少なくなってしまうということは、一体何を意味するのでしょうか?
クマにはたくさんの広葉樹林や広い生息環境が必要なため、クマが生息できるということは、それが許されるほど山の自然の豊かさが保たれているという証になるのです。
逆にいうと、クマの生息数が減ることは、森の豊かさが失われている警告ともいえるのです。
2006年に、アジアにおいて初の開催となった「国際クマ会議」が軽井沢で行われました。北米、ヨーロッパ地域、アジア地域間でまだ多くは明らかにされていないクマの生態や、人間とクマが共存するための知恵や成功例などが共有化されることで、私たちの国のヒグマやツキノワグマを守ることができるかもしれません。
クマについてよく理解することでをきっかけに、クマと自然のつながりやクマがどういう風に人と関わっているのかを知ることができます。そのためには、裏付けデータがまず必要であり、日本国内においてももっと本格的な調査研究が望まれます。
今、私たちができることは、現実に起きているクマと自然環境の変化について正しく事実を把握し、国や地方の行政に働きかけたり、支援したりすることです。選挙においては、各候補者が環境問題についてのどのような対策や考えを打ち出しているかを見極め、投票してみましょう。
クマ問題は、都会に住む人にとっては、なかなか実感の湧かないことかもしれません。でも、こういった地道なことから日本の自然そしてクマと人との豊かな暮らしを守ることができるのです。
取材協力:WWFジャパン
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